東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)11号 判決
一 特許庁における本件手続の経緯、本願考案の要旨、審決理由の要点および第一引用例から第三引用例までの記載内容(ただし、第二引用例記載の支承片が本願考案における受杆に相当する旨の認定を除く。)は、当事者間に争いはない。
そこで、本件審決を取消すべき事由の有無について検討する。
二 原告の主張する取消事由(一)について
本願考案が原告の主張する(a)から(c)までの三つの構成からなることは、当事者間に争いのない本願考案の要旨に照らして明らかである。この構成のうち、(a)の構成が第一引用例に記載されたものと同一であることは、原告もこれを自認するところである。
次に、(b)および(c)の構成が第一引用例から第三引用例までのいずれにも記載されていない事実は、被告もこれを争わないところと認められる。
ところで、第二引用例には株束排出口の側端下方に支承片を間歇駆動するようにして臨設した刈取機が、また、第三引用例には回転方向と反対側に彎曲した穀稈の支受杆が軸に複数組放射状に取付けられた回転体を間歇回転させるようにしたものが記載されている事実は、当事者間に争いがない。
また、第三引用例も第二引用例と同様に稲麦などの植物を刈取り、これを収容する装置であつて、第三引用例の支受杆は、第二引用例の支承片と同様に刈取物を収容する機能を有するものであることは、成立に争いない甲第六号証、同第七号証の記載に照らして明らかである。してみれば、本願考案における前記(b)の構成は、第二引用例の前記構成のうち支承片に代えて第三引用例に記載された前記回転体を配設すれば足りるのであるから、当業者としては、第二引用例および第三引用例の記載よりきわめて容易に推考することができるものと考えられる。
つぎに、原告の主張する本願考案の構成(c)について検討する。被告は、第三引用例のような回転体によつて上方から落下する穀稈を受けようとする場合、穀稈が後方に落ちることを阻止するように次位の受杆を配置することおよび落下する穀稈を受杆の凸部の上面で滑落誘導させるようにすることは当業者の技術常識である旨主張する。しかしながら、被告の主張するように、一般に物体を特定位置に落下させるためには滑落誘導させることが技術常識であるとしても、彎曲した受杆は、その彎曲した凹面をもつて物体を収容する作用を営むものであるから、その収容作用とは別に受杆の凸面をもつて落下する物体を滑落誘導する作用を営ませることが技術常識であるということはできない。成立に争いのない乙第一号証、同第二号証も受杆の凸面を利用することを技術内容とするものではないから、これらの書証によつても、受杆の凸面をもつて落下する物体を滑落誘導することが技術常識であると認めることはできず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。してみれば、原告の主張する本願考案の構成(c)が上方より落下する穀稈を間歇回転する第三引用例記載の回転体により受ける場合に当然考慮されるべき設計上の事項であるとすることはできない。
三 してみれば、本件審決はこの点においてその認定に誤りがあるので、違法であるといわざるを得ず、原告主張のその余の点について判断するまでもなく、取消を免れない。よつて、原告の請求は正当であるから認容する。
〔編註〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は昭和三九年五月一八日名称を「コンバインにおける排稈排出装置」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願をしたが(昭和三九年実用新案登録願第三八五三八号)、昭和四三年二月一七日拒絶査定を受けた。そこで、同年四月一八日審判の請求をし、同年審判第三〇二一号事件として審理されたが、昭和四六年一一月五日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、昭和四七年一月一七日原告に送達された。
二 本願考案の要旨
機体に搭載した脱穀機の排稈口に側端が下方に彎曲した誘導杆とこれに沿わせた搬送帯とを設け、その側端の下方に回転方向と反対側に彎曲した受杆が、軸に複数組放射状に取付けられた回転体を、間歇回動するようにして臨設し、前記回転体の受杆を停止時にその一つが前方位置で排出稈を受け、その次位にある受杆が排出されて落下する穀稈を上記前方位置にある受杆へその上面で滑落誘導させると共に穀稈が受杆の回動方向と反対側に落下するのを阻止するような角度に配設したことを特徴とするコンバインにおける排稈排出装置
三 審決理由の要点
本願考案の要旨は前項掲記のとおりである。ところで、実公昭三八―一八九五二号公報(以下「第一引用例」という。)には、「脱穀機の排稈口に下方に彎曲した排藁受杆(誘導杆に相当する)とこれに沿わせた排藁ベルト(搬送帯に相当する)とを設けた脱穀機における排稈排出装置」が記載されており、実公昭二九―四六三一号公報(以下「第二引用例」という。)には、「株束排出口の側端の下方に支承片(受杆に相当する)を間歇駆動するようにして臨設した刈取機」が記載されており、登録実用新案第三六四〇五二号公報(以下「第三引用例」という。)には「回転方向と反対側に彎曲した支受杆(受杆に相当する)が軸に複数組放射状に取付けられた回転体を間歇回転させるようにした刈取物収容装置」が記載されている。
そこで、本願考案と第一引用例とを対比すると、両者は、脱穀機の排稈口に下方に彎曲した誘導杆とこれに沿わせた搬送帯とを設けた点において一致しており、次の(X)、(Y)の点で相違しているものと認める。(X)前者は、誘導杆とこれに沿わせた搬送帯との側端下方に回転方向と反対側に彎曲した受杆が軸に複数組放射状に取付けられた回転体を間歇回動するようにして臨設し、前記回転体の受杆を停止時にその一つが前方位置で排出稈を受け、その次位にある受杆が排出されて落下する穀稈を上記前方位置にある受杆へその上面で滑落誘導させるとともに穀稈が受杆の回動方向と反対側に落下するのを阻止するような角度に配設しているのに対し、後者は誘導杆と搬送帯の側端下方に前述のような回転体を配設していない。(Y)前者は、コンバインにおける排稈排出装置であるのに対し、後者は脱穀機における排稈排出装置である。
次に、前記の相違点について審究すると、株束排出口の側端下方に受片を間歇駆動するようにして臨設した刈取機が第二引用例により従来公知であり、また回転方向と反対側に彎曲した穀稈の受杆が軸に複数組放射状に取付けられた回転体を間歇回転させるようにしたものも第三引用例により従来公知である。さらに回転体の受杆を停止時にその一つが前方位置で排出稈を受け、その次位にある受杆が排出されて落下する穀稈を上記前方位置にある受杆へその上面で滑落誘導させるとともに穀稈が受杆の回動方向と反対側に落下するのを阻止するような角度に配設することは、上方より落下する穀稈を間歇回転する前記回転体により受ける場合当然考慮されるべき設計上の事項であるものと認められる。それ故、前者を(X)において記載されたように構成することは当業者が必要に応じてきわめて容易に推考できたものと認める。また、前者と後者とでは単純な用途の差異が認められるにすぎないから、(Y)相違点に考案の存在を認めることはできない。
これを要するに、本願考案は、第一引用例から第三引用例までに記載された事項に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項に該当し、同法条に規定する実用新案登録の要件を具備しない。
四 審決を取消すべき事由
本件審決の理由のうち本願考案の構成、第一引用例から第三引用例までの記載内容(但し、第二引用例記載の支承片が本願考案における受杆に相当する旨の認定を除く。)、本願考案と第一引用例との一致点および相違点に関する審決の認定は認める。しかし、本件審決は、以下に述べる点において認定、判断を誤つたものであり、違法である。
(一) 審決は、本願考案における「回転体の受杆を停止時にその一つが前方位置で排出稈を受け、その次位にある受杆が排出されて落下する穀稈を上記前方位置にある受杆へその上面で滑落誘導させるとともに穀稈が受杆の回動方向と反対側に落下するのを阻止するような角度に配設」した構成が、上方より落下する穀稈を、間歇回転する第三引用例記載の回転体により受ける場合に当然考慮されるべき設計上の事項である旨判断している。しかし、本願考案のこの構成は、新たな技術思想すなわち、彎曲した受杆の凸側を落下する穀稈の受止及び集束に利用することに基づくものであり、単なる設計変更ではない。
本願考案は、(a)機体に搭載した脱穀機の排稈口に側端が下方に彎曲した誘導杆とこれに沿わせた搬送帯とを設け、(b)その側端の下方に回転方向と反対側に彎曲した受杆が軸に複数組放射状に取付けられた回転体を間歇回動するように臨設し、(c)回転体の受杆を前述のような角度に配設したという三つの構成から成るコンバインにおける排稈排出装置である。
これに対し、第一引用例のものは前記(a)に対応するものであるが、(b)に対応する構成は、いずれの引用例にも記載されていない。してみれば、審決は引用例には記載されていない別異の技術を根拠として本願考案の進歩性の有無を判断したものであるから誤りである。
また、仮りに、前記(b)の構成が第二引用例を媒介として第一引用例に第三引用例を結合することにより極めて容易にできたとしても、(a)に(b)を結合した考案に更に工夫を加えてえられた(c)なる構成は、いずれの引用例からも極めて容易に想到しうる関係にはない。何故ならば、一方に彎曲した受杆で落下する穀稈を受けて集束する場合は、専らその凹側で受け止め、凸側は落下する穀稈を受け止める機能を全く有しないので集束に利用しないことが技術常識であつたにもかかわらず、本願考案の最も主要な構成である前記構成(c)は、彎曲した受杆の凸側を落下する穀稈の受け止めおよび集束に利用した引用例に示されていない全く漸新な構想よりなる構成を含むものである。したがつて、本願考案の構成(c)は、審決がいうように、上方より落下する穀稈を間歇回転する回転体により受ける場合当然考慮されるべき設計上の事項であるということはできない。このことは、第三引用例記載の回転体では奏しえない本願考案特有の作用効果を考えれば一そう明らかである。すなわち、その作用効果として、(イ)落下する穀稈を前位にある受杆で受けると共に次位にある受杆の凸側で前位の受杆に向けて滑落誘導することにより、前後方向に広い範囲に亘つて受けて集束することができるので、回転体を小型化することができる。(ロ)次位にある受杆は、穀稈が後方へ落下するのを阻止して、その散乱を防止する。(ハ)回転体が間歇回動するとき、次位にある受杆はその上面の穀稈を前位の受杆に落入せしめてから穀稈を受け止める角度になつて停止するまでの間、穀稈が前方の圃場に落下するのを阻止し、集束区分を明確にする。(ニ)回転体が間歇回動する際、放射状に取付けられている受杆のうち、次位にある受杆の更に次位にある受杆が停止して前述の穀稈を滑落誘導する角度、つまり前低後高姿勢となるとき、後方に落下せんとする穀稈を受け上げるので回転体の後方にも穀稈が散乱することがなく、穀稈を明確な集束区分で集束することができる。要するに本願考案と引用例のものの作用効果にはきわめて顕著な差違がある。
(二) 第二引用例の支承片は、単にクツシヨンに相当する機能を有するものにすぎず、集束機能を有する本願考案の受杆とは異なる。ところが、審決は第二引用例の支承片が本願考案の受杆に相当するものと誤認して第二引用例と本願考案とを比較対照した違法があるものである。すなわち、第二引用例には、落下する株束の姿を乱したり落穂しないように地上に放出するために、株束を落下中に一たん支承片で受け止めてから静かに放出するといういわばクツシヨンに相当する技術思想が記載されているにすぎず、本願考案における受杆のように連続的に落下する穀稈を受け止めてこれを集束し放出するものは記載されていない。このことは、第二引用例の出願人が第二引用例と同日に出願し、第二引用例より約一箇月前に出願公告された実公昭二九―三三二二号公報を参照すれば一そう明白である。
被告の答弁
一 原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨および本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認めるが、本件審決を違法とする事由は争う。
二 取消事由(一)について
第二引用例には、一定量の穀稈を間歇的に放出するために「上方より落下する穀稈を間歇駆動される支承片(受杆に相当する)で受けるようにした構成」が、また、第三引用例には、第二引用例と同様に一定量の穀稈を間歇的に放出するために「穀稈を間歇回転する回転体で受けるようにした構成」がそれぞれ記載されていて公知である。したがつて、第二引用例の支承片に代えて第三引用例の回転体で受けるように構成すること、すなわち、上方より落下する穀稈を間歇回転する回転体で受けるように構成することは、当業者が必要に応じてたやすく設計変更しうるところであり、したがつて、「上方より落下する穀稈を間歇回転する回転体で受けるようにした構成」は、第二、第三引用例に基づいたものである。それ故、審決は引用例とは別異の技術を根拠として判断したものではないから、審決の認定に誤りはない。
次に、原告の主張する構成(c)は、当然考慮されるべき設計上の事項の範囲を越えないものである。すなわち、一定量づつ穀稈を放出するという目的(この目的は、第二引用例および第三引用例記載のものの目的でもあり、新たな課題ではない。)のために、第三引用例の回転体によつて上方からの穀稈を受けようとする場合、当業者であれば誰しもが当り前に考えることは、まず回転体の停止時に穀稈を前位の支受杆の凹側に一定量溜める必要から、穀稈が回転体の後方に落ちるのを阻止するよう次位の支受杆を配置することであり、次に、物を落すときになるべく所定の位置に落す必要から、いきなり落さずに支受杆の凸部の上面で滑落誘導させるようにすることである。このことは、実公昭三二―四五三七号公報により従来周知の自動送込脱穀機では、穀稈受枠(回転体に相当する。)の受片(受杆に相当する。)を停止時にその一つが前方位置で排出稈を受け、その次位にある受片が、排出稈が受片の回動方向と反対側に落下するのを阻止するような角度に配設してあることおよび実公昭三五―四四五二号公報により従来周知の自動送込脱穀機における穀稈排出装置では、排稈を機体外方の所望の場所に放出堆積させるために案内杆により排稈を滑落誘導させていることよりも明らかである。したがつて、このように穀稈を滑落誘導させることにより回転体の穀稈を受ける範囲が広がり、回転体を小型化することができるという効果は、考案力を要した構成に基づく格別の効果ではない。また、原告主張の(二)の効果も本願考案の要旨と関係のないものである。原告は、第三引用例記載の回転体では奏しえない本願考案特有の作用効果を列挙して、審決の判断の誤りを指摘しているけれども、第三引用例は本願考案の進歩性を否定する一資料にすぎないから、本願考案と作用効果の点で相違するところがあつても、なんら審決の判断の誤りを指摘する資料とはならない。
これを要するに、本願考案の構成(c)は、当然考慮されるべき設計上の事項の範囲をこえないものというべきである。
三 取消事由(二)について
第二引用例の支承片も集束機能を有するものであることは、第二引用例の記載よりみて明らかである。したがつて、審決には原告主張のような誤認はない。